人生の塩となるもの

クローバーと五芒星

次の旅路へ NEWSのSTORYは続く

お題「NEWS LIVE TOUR 2020 “STORY“ ー私のSTORY、私とSTORYー」

 

2020年17月23日

4年間(正確には5年間)にわたる壮大な4部作がついに完結。

 

いや〜長かった。

 

 

私個人としては残念ながらNEVERLANDツアーには参加できなかったのでコンプリートとは言えないんですけど、4部作のはじまりから終わりまでを見届けることができて本当によかった。

4部作が始まった当時、大学1年生だった私がもう新社会人と考えるとまさに壮大なプロジェクトだったんだなぁと改めて実感しています。

 

 

今回は地元公演だった大阪と配信でオーラスに参加。

大阪公演では久しぶりにライブに行けることが嬉しくてたまらなくて、感慨深いとか寂しいっていう感情はあんまりなかった。ひたすらに楽しかったから。

一方で、配信のオーラスは本当にグッときてなんとも形容し難い達成感というか幸福感というかいろんな感情が溢れて止まらなかった…

今もずっと余韻から抜けられてなくて本当に最高のライブだったなぁって。

 

 

今はただ「NEWSのファンでよかった」ってその言葉に尽きる。

慶ちゃんシゲまっすーのいるNEWSが好きだし、NEWSに3人がいてくれてよかった。

 

 

抜けた穴を埋めることは一から作り直すよりずっと大変な作業だったと思う。作った当時のままやるということは、無理矢理にでも誰かがその穴を埋めなければならないということだから。

それでも彼らは完璧にやり遂げた。映像や演出で辞めていった彼の存在を感じることはあったけど、パフォーマンス自体に寂しさや物足りなさを感じることは一切なかった。

NEWSの歌を引っ張るまっすー、高音もバチバチ当てていくシゲ、低音域を支える慶ちゃん。

NEWS最高じゃん。

 

 

 

本来は4人で作り上げるはずだったSTORY。

3人もファンもいろんな想いを抱えていたと思う。中には4人の影を探してしまう人も少なからずいたと思います。

でも、わたしには完全に3人のSTORYだなって思えたんです。うまく言えないけど、4人時代の作品を尊重しつつも3人でピースががっちりとハマっているという感じ。

 

4人分あったであろう衣装を身に纏って歌う『STORY』は本編ラストにもう一度、今度は3人のために作られた「旅する三角形」の衣装で歌われる。これは勝手な解釈なんですけど、『クローバー』までが本編でその後の表題曲メドレーは4部作を締め括る「カーテンコール」もしくは「エンドロール」みたいな役割なんじゃないかって思ったんです。

だからこそ「3人」が3人のために作られた衣装を纏って歌う意味がある。

4人で作ってきた事実は確かだけど、このツアーの出演者であり4部作を走り抜けたのは間違いなく3人だけだから。

 

 

そして今作本当のラスト『NEW STORY』では今作を締め括るという役割だけでなく次の一歩をも示唆している。

 

 

 

この一年は3人のNEWSと4人の影や4人時代の作品が並存していたけど、やっと始まったんだなってしみじみ噛み締めています。

 

 

とはいえ、エモいだけのライブではなかった。

特に『Dragonism』から『エス』までの4曲は歌割りも気迫も世界観も凄まじくて、今のNEWSの魅力はもちろん、実力さえも見せつけるかのようで圧倒されると同時になんだか嬉しかった。

 

 

 

 

NEWSが目指す次の一手がどこなのか。

シゲちゃんが言ってくれたように、この先には素晴らしい景色があることをわたしも楽しみにしてるし、彼らが証明するまでもなく今のNEWSだからこそ見られる景色があると信じています。

 

 

ありがとうNEWS、これからもよろしくね。

 

 

 

 

 

エンタメは不要か。

 

先日、観劇予定だった舞台『モダンボーイズ』大阪公演が中止になった。

 

こういう経験は初めてではなかったが、目の前で楽しみが消えてしまうことは本当に辛かった。

もちろん、このような状況で中止せざるを得ないことは十分理解しているつもりだ。

現に、私の周りでもコロナ陽性者が出て自宅待機になったり、もはや他人事とは言えない状況になってきている。

 

つまり中止や延期が良いとか悪いとかを言いたいのではない。エンタメが人間の生活に不必要なものであると捉えられてしまいがちな風潮が苦しいのだ。

 

私は嵐やNEWSのファンであり、年に1回のライブツアーや舞台を楽しみに生きているような人間である。

またエンタメで飯を食っているわけではないけど、趣味は音楽と楽器演奏・学生時代(この3月まで)の専攻は映像学・アルバイトはエンタメ業界といわゆるエンターテイメントが生活の大きな軸となっていた。この春からエンタメとは全く関係のない業界に就職したが、プライベートでは変わらずエンタメにずぶずぶである。

要するに私にとって、エンタメが否定されることは生活の何もかもを否定されるのと同じくらい大きいことなのだ。

この1年間で行くはずだったコンサートがなくなり、アルバイト先の仕事もなくなり、出演予定だった演奏会もなくなった。

客として、スタッフとして、出演者として、全ての悔しさを経験した。

 

もう一度言っておくが、イベントやコンサートを中止にすることが悪だと主張したいわけではない。

ただ、会社や店で働くのと同じように、エンタメの現場で日々奮闘している人たちがいることを頭の片隅に置いておいてほしい。

エンタメを活力に日々頑張っている人たちがたくさんいることをもっと考えてほしい。

 

そう思ってしまうのは私のエゴだろうか。

 

 

こんな時代だからこそ『モダンボーイズ』が観たかった。

大戦間近の日本で、エンターテイメントに生きる彼らの姿は、この世界を変える力さえも持っているのかもしれないと縋らずにはいられない。

 

いつか再演されることを願ってやまない。

 

 

 

 

 

Never ending story 〜grandioso ~

 

あと1か月もないなんて、まだ実感が湧かないというのが正直なところ。

でも、嵐の特番だったり大野君がメンバーのレギュラーにゲストで来るというのが増えてきていることで、嫌でも終わりを感じずにはいられないようになってきました。

 

きっと本当の意味で「不在」を実感するのは、年が明けてすべてが終わる、つまり新しく歩き始めるときなんだと思う。

 

昨日のミュージックステーション、最後の曲は「The Music Never Ends」だった。

嵐の日のライナーノーツの中で、ニノが言ったこの言葉がすごく印象的だった。

「音楽は鳴りやまないけど終わるとしたらこの曲」

 

年が明けると嵐の5人はそれぞれの道を進むことになる。少なくともこの先しばらくは嵐のパフォーマンスを見ることも歌声を聴くことも叶わなくなる。

でも、今までの作品を観たり聴いたりすれば嵐に会えるし、目を閉じれば5人の姿が浮かぶし耳をすませば5人の歌声が聴こえてくる。

 

ショーシャンクの空に』という有名な映画があるが、主人公がこのようなことを言っていた。

「音楽は誰にも奪えない」

 

独房に入れられ音楽を聴くこともできなかった主人公だが、頭の中で音楽が流れていたから快適だったと感想を口にしたときの言葉。

 

彼らの音楽も決して私たちファンの中から消えることはないだろう。

 

 

 

終わりを意識した瞬間、人は途端にその終わりがくることが怖くなる。

嵐がくれた約2年という時間はあまりにも残酷でそしてあまりにも優しかった。

 

この2年で心の準備ができると思っていたのに、できなかった。

それは、嵐が「いつも通り」の活動をしてくれていたから。どこかで「終わり」を感じなくなってしまっていたのだ。

 

きっと心の準備なんてできないから、今は目の前にある嵐の姿や活動を噛みしめようと思う。

 

12月31日、どんな感情で迎えるか自分でもまだよく分からない。

 

もう時間がない。

泣いても笑ってもあと15日。

 

 

 

 

まずは5人全員が元気にその日を迎えられますように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

飛ぶことを忘れたカナリヤが空を舞う

 

お久しぶりです。

先日、2人が新型コロナウイルスに感染したという知らせを聞いてから、ずっと心配でなんとなく気分が上がらない日々を過ごしています。

元気でいてくれさえすれば、ライブはいつでもやれるから今はゆっくりしてほしいなと思います。

 

 

 

さて、新曲のMVが3日連続でYouTubeにて公開されましたが、どれも素敵でこのタイミングで見るとグッとくるものばかりですね。

 

その中から「カナリヤ」についてライナーノーツなんてたいそうなものじゃないけれど、感想や思ったこと考えたことをまとめておこうと思います。

 

それではどうぞ。

 

 

「カナリヤ」

 

初めて披露されたのは24時間テレビ

まだまだ3人での露出が少ないころで、彼らの「再出発」とこの歌詞が非常にリンクしてしまう部分があったが、今聴くとさらに彼らを思い浮かべずにはいられない。

 

君が言った 幸せってすぐそこにあるようで

あると思うたび 見つからないような

それでいいと言い切れる強さが

僕にあったらこんな風になってないのかな

 

1番でも2番でも歌われているこの歌詞。

この一年、NEWSとファンにとってこんなことの繰り返しだったように思う。

コロナ禍で思うように活動ができず、グループの形も変わってしまった。それでも彼ら3人は活動の歩みを止めず、webやラジオで私たちに小さな幸せを発信し続けてくれた。

そしてやっとライブができると思ったのに、今度は新型コロナウイルス感染でライブ中止。

言っておくが、今年一年の諸所の出来事全て含め、本人たちに責任があるとは全く思っていない。

だからこそ、なぜこのタイミングだったのだろうと思ってしまう。

今まで当たり前に見えていた幸せが何回も目の前で消えていく現実を目の当たりにして行き場のない気持ちに襲われる。

 

でも、その気持ちを抱えて何度でも立ち上がるのがNEWSというグループなのだろう。

 

少し感情移入しすぎてしまったので、本筋に戻るとする。

 

 

 

ある雑誌で小山さんが「自分たちから投げかけて歌っていたつもりが、最後の「大丈夫と歌っている」で自分たちの状況に重なってゾクっとする」というような内容を述べていた。

非常に鋭い指摘だと思う。

 

そこまではずっと曲中の主人公視点(一人称)なのに最後の最後だけ三人称に変わっている。一人称で「歌っている」という表現はあまり普段しない。「歌っている」姿を誰かが見ているというほうがしっくりくる。

イメージとしてはアングルがパッと切り替わって歌っているNEWSもしくはカナリヤが映される感じ。

 

そもそもいわゆる私たちが知っている「カナリヤ」とは愛玩鳥の一種である。野生種もいるが、人に飼われるために品種改良されている。

つまり、彼らの多くは一生を鳥かごの中で人に愛でられながら過ごすことになる。さらに言えば、飛ぶ必要もない。

 

このことを踏まえると、

飛び方忘れ 羽をたたんで

こころの鳥は空を見上げる

息をひそめ 何を待つ?

 

また別れを知って それでも明日へ

理想を掲げ、傷を背負っていく

もう一度飛ぶ、夢を見て

ここで言う「こころの鳥」とはまさに「カナリヤ」のことであろう。

飛ぶ必要がなかった、もしくは飛ぶことを恐れた「こころの鳥」は飛び方を忘れてしまい、ただただもう一度はばたく日を夢見るばかり。

 

しかし、「こころの鳥」はこのままでは終わらない。

 

また別れを知って それでも明日へ

理想を掲げ、傷を背負っていく

もう一度飛ぶ!

 

 

飛ぶことを夢見るのではない。もう一度飛ぶのだ。

 

 

そしてこの曲のラスト、飛ぶことができた「こころの鳥」は「大丈夫と歌っている」。

 

 

一番の歌詞「大丈夫と泣いている」の「大丈夫」は大丈夫ではない状態の自分に言い聞かせるようなニュアンスだが、最後の「大丈夫と歌っている」の「大丈夫」はそこを乗り越えた「こころの鳥」が今度は相手を励ましてるように感じる。

 

 

NEWSという鳥は今まさに飛び立とうとしている。

3人の門出に相応しい力強い応援ソングだ。

 

 

 

 

 

 

真っ白なケーキに苺をのせて

 

17周年おめでとうございます🍓

 

想像していた未来とは少し変わってしまったけれど、今年もこうやってお祝いが出来ること、嬉しく思っています。

 

いや、あんなことがあったからこそ嬉しいのかも。

 

 

4人のNEWSがあんな風な終わり方をしてしまったからまだ前を向けていない人も多いかもしれないけれど、私はいつだって「今」が一番大好きで大事にしたいと思っています。

もちろん形が変わってしまうことに寂しさはあったけどね。

 

 

今はこれからの未来に希望しかないし、3人ならきっと素晴らしい景色を見せてくれるだろうと信じている。

 

 

慶ちゃん、まっすー、シゲちゃんのいるNEWSが大好き。

 

今までもこれからもいつまでもNEWSでいてくれてありがとう。

 

 

 

 

 

 

君とみるこれからの未来は

 

NEWSが3人になってもうすぐ2か月。

 

「もう」2か月という感覚もあるし、「まだ」2か月とも感じる。

 

前回の記事で手越くんに対してグダグダ書いたけれど、NEWSへの感情はごくシンプルで3人になったときから変わらない。

 

これからも変わらず応援し続けるということ。

 

この2か月、私生活がめちゃくちゃ忙しく怒涛の日々を過ごしていたが、そんな中でNEWSも再スタートを切った。

 

「Endless Summer」がMXで東京都の高校野球テーマソングに決まり、オンラインのファンミーティングがあり、音楽の日にも出演。

 

歩みを止めないでいてくれたことがなによりも嬉しかった。

 

 

 

 

「愛言葉」を初めて聞いたときからとても好きな歌詞がある。

 

君とみる これからの未来は
鮮やかで 輝いて 広くて

 

当時は4人の再スタートを経た10周年で、NEWSの未来にすごくワクワクしたし、ずっとこんな幸せが続けばいいなと思った記憶がある。

 

正直、振り返ってみると順調なことばかりではなかったけれど、4人が見せてくれた景色は本当に綺麗で全てが輝いて見えた。

 

この景色が変わってしまうことは寂しいけれど、大事に宝箱に入れて前に進もうと思う。

 

 

あのとき思ったように、あの歌詞のように、これからの3人とみる景色が鮮やかで輝いて広がっていたらいいな…。

 

でも、もしその先が荒野であったとしても、私は3人について行きたいし同じ景色を見たい。

 

 

NEWSを守ってくれてありがとう。

ファンのことを第一に考えてくれてありがとう。

 

 

 

 

 

 

 

はなむけとエールを

 

どう言葉にしていくべきかすごく迷う部分もあるけれど、前に進むために現実と向き合おうと思います。

いわゆるお気持ち表明ってやつですね。

今回は取り急ぎ手越くんのことだけ。NEWSを守ってくれた3人についてはまた後日書きます。

 

 

日にちが変わり一昨日の会見やその後の配信である程度のことが知れた今思うことは、何かが終わるときほど呆気ないんだなということ、そしてどれだけ悔もうが足掻こうがもうあの光景は見られないんだということ。

 

本当に怒涛の1か月弱で正直こんなに早く結論が出てしまうとは思っていなかった。

 

前回の記事で散々不満を書き綴ったし会見を踏まえてもなお手越くんに言いたいことはたくさんある。

でもここでそういうことは書くべきではないかなとも思っている。

 

良くも悪くも手越くんらしい会見だった。「よく喋るなぁ」ってつい突っ込んでしまったくらいだよ。

OPENRECでの配信もKラジが終わってからだけど最後まで見た。

 

まずホッとしたことはNEWSを大好きだと言ってくれたこと。それは「もう分かったから!」と言いたくなるくらいに何度も何度も。

一方で、「STORYやりたかった」とか「未練はNEWS」と聞いたときはもうなんとも言えない気持ちになった。

 

夢を持って飛び出したのなら「NEWS嫌になった」くらい言ってくれたほうが楽になれたかも知れない。

NEWS好きだったのならなぜと思ってしまう。

 

 

 

でも、手越くんの気持ちも行動も私は理解できてしまうんだよ。

私も割とやりたいと思ったらすぐ行動してしまう傾向があるし、一度手放したものを外から見た時すごくキラキラ輝いて見えて羨ましくてたまらなかったこともある。

 

きっと外の世界で頑張りたいということもNEWSやりたいということも全て嘘ではないんだよね。

外の世界へ飛び出すという選択肢をとっただけで、たぶんそれが0か100ではないから。

 

 

 

そしておそらくこのような結末を迎えたこと自体に心残りがあるんだろうなと思う。

この時期になったのはいろいろと事情があったのだろう。決して事務所を悪く言いたいわけじゃない。

ただ、大きなきっかけとなってしまったのがあの外出に関する一連の流れであったことは間違いないかなと。

手越くん自身の振る舞いや事務所の事情、このご時世、いろんなものが重なってこのような結果になったのだと私は思っている。

 

1つ歯車が狂うとこんなにも崩れていってしまうんだと嫌というほど実感させられる。

 

 

 

長々と書いてきたけど、まとめると、腹が立つ部分もあるし許せない部分もある。「勝手にNEWS飛び出して行きやがって、このヤロー」と言いたくなることもある。

だけど8年間も見てきた人のことをそんな簡単に嫌いになれるわけもない。

 

 

そして、やっぱり心配なのだ。

隣で歌ってくれる人も突っ込んでくれる人も後ろから見守ってくれる人ももういない。

今まで手越くんの良さだった部分が裏目に出てしまうこともあるだろう。            

どうか悪い人に騙されないことを願っている。

 

 

ファンとしてはここからはどう落とし所をつけて応援していくかだと思う。

時間が解決してくれる部分も多いと思うから、まずは手越くんの姿を見守っていきたい。

 

 

手越くん。

歌が上手いところも決めたら貫くところも悪気のない自己中なところも大好きです。

自由を手に入れたからといってもうまくいかない時もあると思います。

でも絶対に投げ出さないでください。

ジャニーズのファンじゃ見られなかった景色を見せてくれることを楽しみにしています。

がんばれ。